眩暈が恋をした


ユリウスに会いにくるといつだって私の身体は眩暈を覚える。
長い長い階段をわざわざ上って、扉を開けて、その大きな背中を目にした瞬間だとか。私のために作業を中断してコーヒーを入れてくれたりだとか。それを私のためだとは言わずに、ただ私が飲みたいと思っただけだとか言ったそのときの横顔をそっと盗み見たときだとか。


(なんなのこれ、なんの病気なの)

「………なんだ、いきなり黙り込んで」
「あっ、あー………なんでもない!」
「何でもないわけがないだろう、いつも直情型で五月蝿くてあつかましいお前が黙り込むだなんてよほどのことが、」
「うるさいむっつり」


頭に血が足りないゆえの眩暈である気がする。おかしい、心臓は痛いくらいにドキドキいってて、血液は思い切り循環してるっぽいのになんでだこれ。
そうして私が少し物思いにふけっていて、まあ結果的にいつもと違って黙ってることになったわけだけれど、そうしたら唐突にユリウスの顔が近づいてきて、って、え、ちょ、ちょっと待て、ちょっとちょっと!


「わーっ!なになになになになになになになに!?」
「………顔色は悪くない。それだけ喋るなら――まあ平気なんだろう」


ぶつぶつと独り言のように呟いてユリウスはすっと私から離れた。って………あれ、今のって、ようするに、……心配されてた?
そう思った瞬間に、私の心臓がまるで嬉しくてたまらないとでも言うように、跳ねた。
――有り得ない。だってここは私の世界じゃなくて、しかも相手はこんなあつかいにくいむっつりで、ほら今だってこんなに意地悪そうに笑っていやがるじゃないか。


「――恋でもしたのか?」
「冗談は顔だけにしとけ!」


恋?そんなのしてない!私じゃない!そうきっと、きっと眩暈がユリウスに恋してるだけ。そのせいで私の身体がおかしなことになってるだけ、そうに決まってる!







「眩暈が恋をした」花咲ミチル(Sweet Honeyed Orange

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