夢という迷宮をあげよう


、君はどうして夢の中ばかりに来たいと思うんだい?』
『眠らない鼠は鼠ではないから、ヤマネはそういうモノです』


夢魔は笑った、そんな事では猫に喰われてしまうよ
少女はビクリと其の栗色の瞳の瞳孔を開いて夢魔から後ずさった
そんなを見て一層笑みを深くする
ナイトメアは少女の後ろに逆さまになって逃げ場を塞いでしまった


『猫は嫌いなのに昼間は夢の中なんて矛盾しているじゃないか』
『矛盾、してません、猫から、逃げる為に、夜は起きてる、から・・・』


夢の中の空間は全てナイトメアの物
幾ら他者の侵入があろうと其れは変わらない
どんな敵が現れようと、所詮は切り捨てられてしまうカード

『怯えている私を見て、面白いですか』
『ああ、とてもね』
『貴方は私を受け入れてくれた、なのに、どうして』
『私は夢魔だ、夢魔は闇へ誘うカードの一人、君の持ち主の女王と同じだよ
どんなに逃げたって、所詮は持ち主の傍から離れられない
いや、君の場合は離れたくはない、かな・・・君は面白い、実にね』
『アリス、よりも・・・?』


夢魔は塞がっていない片目を少々見開きながら笑みを消す
理解はしている、考えも読める、けれど此の少女の眼は読めない
しかし、怯えながら自分を見上げる少女の表情に再び笑みが漏れた


『次に逃げる時は、アリスの元へ逃げるつもりかい?』
『・・・っ、違います!』


誰にも頼らないと誓った
誰の手も借りずに
誰の手も汚さずに


『けれど君はこうして夢の中へ逃げてきている、違うかい?』


---そうだ、私はヤマネという名を使って
ヤマネという名に頼って、眠る鼠を演じ続けてきた
猫から逃げなければならないという本能に頼って、そう従って


『私は君がいなくなってしまうと、寂しいよ、面白い物が無くなってしまう
こんな偏屈な場所に来るのは、君の他にアリス位しかいないからね』
『・・・いつから貴方は、帽子屋になったんですか』


認めた、夢魔は嗤う
そう、そうやってずるずると入ってくれば良い


『いつからだろうね、私にその気は無かったけれど』
『もう、帰ります・・・っ!』


おやおや、意地張りなヤマネだ
しかし外の世界でそんな表情をした事が一度でもあったかい?


『怯え顔で一生を遂げるつもりなら、私が手伝ってあげようか』


はてさてそれは、どちらの意味か
無かった、そう、君は生まれた時から夢という迷宮に入り込んでいた
だから、君がいるべき世界は---外ではない---
私は夢魔だ、だから夢の中に入り込んだ迷い人を
簡単に、逃がしたりはしないよ



(夢という迷宮をあげよう)



『君はずっと私の元にいれば良い・・・』


、君はヤマネという名を背負ったと同時に私の所有物になっていた
それを私は今気が付いたんだ、可笑しいだろう?
私は外の世界に嫉妬していた、そして独占したいと思った
心が読めない君には絶対に言ったりはしないけれどね
だがもうこれで猫から逃げる理由は無くなった、違うかい?
存在理由を失う君の気持ちは、やはり理解し難かったよ
迷宮に迷い込んだなら私の元にいれば良い
そう、永遠に







「夢という迷宮をあげよう」 乃恵瑠さん(お月さまとぼく)

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