世界が孵化する音




「大好き!母さん」
そう言って母さんに抱きつくのが、俺は何より好きだった
そうすると、やさしく頭を撫でてもらえる
母さんのあったかい手が気持ちよくていつも目を閉じていたから、今まで気付かなかった

「母さん。俺、なにか悪いことしたかな?」
しゅんとなる。母さんに嫌われてしまうのは、何よりこわい
「?最近は何もしてなかったと思うけど。はいい子だもの。
やんちゃなことはしても、悪いことはあんまりしないでしょう?」
俺をほめてくれる母さんの顔はやさしい。けど、気付いちゃったんだ
「でも、母さん。俺の頭を撫でるとき、なんかすっぱいような苦いような顔してる」

言った後、言わなきゃよかったと思った
母さんの顔は、泣きそうだった

「………本当に馬鹿ね、私も。ううん、はなんにも悪くないの。
ただ、私が勝手に思い出してるだけ」

どくり、と心臓がさわぎだす
それは、初めて見る顔だった

「貴方の髪は、私よりオレンジがかってるでしょう?それで、少し昔を思い出しただけ」

母さんの碧色の目に映った色は、綺麗で
だからこそ、無性にむかついた

「俺を見てよ、母さん」
…?」

手をとったのは、半ば衝動だった
母さんの手は、物凄く綺麗というわけではないけど、俺より白くて柔らかくて
食べてしまいたい、と思った


「おいたをしてはいけないよ、
響いた声に、はっとする
「父さん………」

今、俺は何を、考えた?

俺の疑問に答えるように、父さんはそっと俺にだけ聞こえるように耳打ちした
「今、君はよくない目をしていたよ。その目をアリスに向けてはいけない。
それは、貪欲な兎の目だ」

俺のどこにも兎っぽい部分なんてないはずなのに、その単語はやけに耳に残った
母さんの手を思い出す。あの瞬間の凶暴な感情
今までのように、無邪気に母さんに大好きと、言えなくなってしまった気がした
どくどくと、心臓がうるさい


それは、世界が孵化する音








「世界が孵化する音」 幸さん(Cardia)

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