「路地裏で拾ったエゴイズム」クロノメさん 路地裏で拾ったエゴイズム 旅は心だと宣言する俺は、時計塔へ向かう足を人が一人なんとか通れるほどの道を見つけた。 時計塔に向かうにはこの曲がりくねった一本道をひたすらまっすぐ。 さっき通りすがりの老人がなんとも形容しがたい顔で指を指した先は家が綺麗に立ち並ぶ下町の風情が漂う。 ちらりとその路地を覗けば『入ってきてくれ』と言わんばかりの薄暗さが伸びている。 首を痛いほどに上げた先には時計塔が見える。 空は気持ちがいいほど晴れた昼下がりだ。思わずにっこりと笑顔を浮かべてみる。 「やっぱり旅は道への探求だよな!」 俺は勢いよく足を路地裏へと足を踏み入れた。うまくいけばかなりの近道となる冒険への第一歩。 その輝くべき俺の進歩はズボリというあまり清々しくない音が俺の脚を飲み込んだ。 字の如く、ずぼり、と。 ついでにそれは俺の脚から頭まですっぽりと飲み込んで、俺が頭を見上げて視界に入るのは良くできた落とし穴のまるみと建物の隙間から覗く細い青空。 少しばかり腰を打ったのかやや痛む。 腰に下げた剣は無事だ。 「こんなところに落とし穴なんて危ないなあ。俺だからよかったけど、さっきのお年寄りとかだったら確実に死んでる深さだ。俺って本当になんだか付いてないよなあ。あ、でも俺が落ちたことで他の人たちは無事なわけだし、騎士として人をすくったことになるよな。うん、人助けって気持ちがいいよなあ。しかもこの落とし穴、帽子屋ファミリーの双子くんたちが作ったのとは違って下に竹やりもないから怪我も大してないし俺ってついてるな!」 「うわ、馬鹿がいる」 まだ幼い声が頭上から降ってきた。 反射的に顔を上げれば逆光で顔は見えないもののまだ両手で歳を数えられる程度の子供が穴を覗き込んでいた。 もっとも、こんなところにいるような子供だから、顔なんかないだろうけれど。 「ちょうどよかった。ちょっと俺穴にはまっちゃって困ってるんだ。助けてくれないか?」 「はまったんじゃなくて落ちたんでしょ。だいたいこんな露骨な落とし穴にひっかかるあんたが悪いのよ」 「ははは、そうだな。でも、こんなところで落とし穴にひっかかるなんて思いも寄らないよ。これならまだ蜂の大群が群がってきたほうがまだ予想が付くと思わない?」 「思わない」 一刀両断だ。いっそ気持ちがいいほどに否定的だ。 頭は悪くなさそうな子だ。きっと俺が役持ちで、服からしてハートの城の人間だということもわかっているんだろう。 酷く呆れたように、その子供は俺は穴の上から見下ろしている。 「だいたい、なんであんたみたいな役持ちがこんなところをうろついてるのよ。ここがどこかわかってるの?帽子屋ファミリーの領土内なのよ?あんたみたいなよその人間がふらふら歩いていて無事にいられる場所じゃないの。とっとと自力で出て出て行きなさいよ」 「うーん、出たいのはやまやまなんだけど俺一人でここから出られると思う?」 「出たいなら出すものあるでしょ」 少女は手を出した。暗い穴の底から見てもわかるほどに汚れた小さな手だ。 「お金。あんたほどの人間なら持ってるでしょ。あるだけとは言わないけど出してくれるだけ出してちょうだい。そうしたら誰か大人の一人や二人ぐらいなら呼んできてあげる」 だからほら。 そういってさし伸ばされた手を俺はそのまま穴に引っ張り込んだ。 すっぽりと俺の腕にあまるほど大きさの女の子だ。思うよりも顔があることに少しばかり驚きながらもその子を観察する。 将来、うまく育てば期待できる程度の女の子だ。 「落っこちちゃったね」 当の本人は何が起こったのかわからずぽかんと口をあけたままにいたのを、俺がそういうとすぐにはっと目の焦点を 俺に合わせ、にらみつけた。 小さなもみじのような手はぷるぷると震えている。 「あ、あんたが落としたんでしょう!?なんてことすんのよ!人が親切に助けてあげようとしてんのに引っ張り込むなんて!!」 「でも、君にお金を渡したら君は帽子屋ファミリーの人間を連れてきただろ?このままここにいても俺はどうにかなるけど、さすがにすぐそんなやつらがこられたら俺も少しは困るじゃないか」 「そんなことこっちの知ったことじゃないわよ!どうしてくれんのよ、これでようやくどうにかなると思ったのによりによってこんなのなんて!」 女の子はそういって頭をかかえて、絶望的な顔をしてみせた。 ころころと表情の変わる子供だな、となんとなしに思う。 それと同時に、酷く腹の底から競りあがってくるナニカがある。 それを隠すように、俺はあえて笑って見せた。 「お金が必要なあげるよ」 「あんたみたいなやつからもらうのもマフィアから借りるのもさして代わらないって言うことはわかったからいらない。とっととここで一人で野垂れ死になさいよ。それであたしをさっさとここから出して頂戴。あんたみたいな悠々と迷子になっているような人間と一緒にする暇なんてないんだから」 「そんな冷たいこというなよ。せっかく君と知り合ったんだ。友達にぐらいなってくれてもいいじゃないか」 「やっぱりあんた馬鹿なのね。敵対する領土の役持ちと友達になってあたしが無事にいられるわけないじゃない。あんたと話しているとあたしが馬鹿になりそうだわ。だからさっさと分かれましょう。穴に落ちるのはんた一人で十分なんだから!」 そういって無理やりに暴れて俺の腕から逃げようともがく女の子の両腕を抱きこんで拘束する。 俺の脚ほどの高さもない女の子だから、そう簡単に抜けられることはまずない。 「えー俺一人でここにいるなんて寂しいだろ?旅は道連れ!一緒に楽しもうぜ!!」 「ふざけんな!旅なら一人でやってろ!!もう、本当に勘弁してよ、もうすぐマフィアの連中が税金取立てにやってくるの、だから早くお金もって帰らなきゃなんないの!ねぇ、本当にお願い。あんた、騎士なんでしょ?だったら人助けだと思ってここから出して。せめてあたしがもっている分だけでも届けなきゃ 」 「そんなに家族が大事?」 「ないよりはね。当たり前じゃない。そういうふうにしていなきゃならないんだから」 そういってまだなお腕の中でもがく少女を片腕に持ち替えて、俺は一足飛びに穴から這い出た。 面白くない。面白い。可愛い。可愛くない。 役なしのカードのくせに、こんな少女がいるなんて。 ぽかんと口を開けて俺を見上げる女の子に俺は笑いかけた。 「じゃあ俺が君を買ってあげるよ」 「はぁ?いらないわよ!ていうか慰謝料払いなさいよ!うら若き乙女にこんな仕打ち最低だわ!騎士の風上にもおかけない男だわ!!」 「それだけ口が利ければ十分元気だね。大丈夫、城に行けばちゃんと美味しいご飯が食べられるし綺麗な服も着させてもらえるよ」 「いらないから帰せ!ていうかあんたみたいな人間と一緒にいたらあたしの命が幾らあってもたりない、絶対!」 「大丈夫だって、俺、こう見えても強いんだぜ?」 「腕っ節がつよかろうと頭が弱いんじゃ台無しだ!」 まだぴーぴーと騒ぐ少女を煩いなあとぼやきながら路地裏から穴を飛び越えて大通りに出た。 近くを通りがかる人たちに城の方向を尋ねながら、心なしか足取りが軽くなるのを感じた。 まだ腕の中で抵抗する少女を、できるだけ楽しめるようにするのはどれだけの暇つぶしになるだろうか。 それとも、付いた瞬間に首を刎ねられて本当に絶望的な顔をみせるのかもしれない。 (今日はいい日だ!天気はいいし、道を教えてくれる優しい住民たちとのふれあい! そして可哀相な少女との出会い!旅って素晴らしい!) |