「うつろいゆめみてきえいくもの」雨鳴さん


ひとごろし、ぎぜんしゃ、と ののしる こえ がする。
心臓を抉られるような痛みを伴う悪意の声。憎悪の眼差し。
ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
何時だって私は謝るばかりで、他にどうする事も出来やしない。
私はその機会を自分から捨ててしまった。そして、後悔しながらも安堵してる。
酷い話だ。申し訳ないと言う気持ちと同じくらい、私は、あの人に感謝している。

「…ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい―――」

* *

黒い空間が突然に途切れ、目の前に色が宿る。
あまりの急激な変化に目を瞬かせていると、誰かが暖かい手で頬を撫でた。
誰だろう、と思う間も無く、橙色が目の前いっぱいに広がった。
柔らかい感触。髪の毛か、と納得している間に、唇に手より暖かな何かが触れた。

「…………、て、……まっ!?」
「遅ぇ」

にやり、と間近で笑ったのは―――紛れも無くエリオットだった。
草原で寝転がっていた私の上に、何故だか仕事に行ってたはずのエリオットが、覆いかぶさっていた。
一体何が起こったのだろういやわかってるんだけれども詳しく知りたくないというか!
すっかりテンパってしまった様子を満足気に眺めていたエリオットだが、不意に真面目な顔つきになる。

「…うなされてた」
「……え」
「また、あの女か」

優しかった表情に冷たい殺気が過る。
また銃でも発砲しそうな雰囲気を漠然と感じるが、抱いたのは恐れより、幸せ。
…夢に怒る必要など無い。引き止めたのは、あなたなのだから。
なんて、照れくさくてとても言えないので、
代わりに肩口に顔を埋めてエリオットの首を抱いてみる。
ぴくぴく動く耳の毛が頬に擦れて、くすぐったいような気持ちいいような、不思議な気分が沸き起こる。

消えて欲しいわけじゃない。いつだって後悔して、懺悔して、取り戻したいと願ってる。
ただ、この人を引き換えにしたいとは、思えなくなってしまった。
酷いよね。背負っていかなければいけないのにね。だけどごめんね。

「……夢を、みました」
「…………、」
「悲しいけれど愛しくて。…捨てちゃいけない夢です」
「……ん」
「…けれど―――消えていく夢です」

理由はわからないけれど、遠ざかってゆく夢。
幸せを代償にして失っていく傷跡は、愛しかったはずなのに。
虚ろな目を見返して、エリオットは、黙って呟いた。

「……忘れろよ。俺は、あんたに苦しんで欲しくない」

甘美な誘惑と優しい言葉。
どこか遠くでひとごろしぎぜんしゃと罵る声が、途切れて蕩ける。
―――私の罪は忘れられてく。汚れた手が愛しいと言ってくれる人がいるから、重さも忘れて消えていく。

ねえ、正しさってなんだろう。
幸せの形ってなんだろう。
ねえ、この幸せは、歪んでいるの?

声は罵るばかりで、もう、幸せに遠のくばかり。


( 罪人は愛に救われる。行く先は地獄か果てか )