「本当の嘘の偽りの真実」黒桐ナガレさん


世界はいつだって日常で語られる。

「何のつもり?それなりに痛いんだけど」
「君を殺したくてたまらないんだ。殺されてくれるだろ、な?」

それはある日起きた明るい昼の話。
首筋に引かれた一筋の紅い線。滴る血は剣をつたいエースの手を汚した。
窓から差し込む日が剣に反射して目を射るので思わず目をしかめてしまう。
すなわち文字が読みづらい。
ああ、邪魔だ。と目を細めたは内心愚痴る。

「殺したいなんて嘘だ」
「嘘じゃないさ」
「じゃあさっさとその手を振り上げての首を飛ばしてしまえばいいだろう」

ソファーに座るは何事も無かったかのようにまた本に夢中になっている。
今日は何の本だろうか。は古今東西節操無く本を読む。
本業の料理の本だったり好みの歴史の本だったりあるいは異国語で書かれているときもある。
しかしなんであれエースには面白くない。
ふいにアデレードは振り向いて(剣が喉元にあるというのにそれは自然な動作だった)しばし瞬きした後こう言った。

「愛してるよ、エース」
「嘘?」
「嘘だよ。愛してないよ、エース」
「嘘だろ?」
「嘘だよ。時々好き時々嫌い大抵邪魔だよ、エース」
「ひどいぜ」

そしては何か満足した顔をして本に逆戻り。ぺらりとページをめくって呟く。

「そんなことしてないでここに座れば」

目を本からそらすことなく隣を指し示す。
エースは視線を何度か彼女が示す場所と剣を往復させてから多少思考し剣を退き彼女に従った。そこまでは。


「好きだよ」
「…はいはい、わかったから私の胸元に手を入れるな!」
「えー」
「えー、じゃない。離れろ卑猥!」

ばさりと本は舞い上がりきれいに放物線を描いた。
これで自分が一番彼女に近くなる。エースはようやくにっこりと笑うのだった。

「愛してるぜ」

完璧な真実も完璧な嘘も言えない男女の話。
嘘も真実もつまるところ同じものなのかもしれない。