「お願いします、僕の手で殺させてください」月華さん


「お願いします、僕の手で殺させてください」

うっとりと恍惚の表情を浮かべ、
真っ赤な血の色をした瞳の狂った白ウサギはわたしに告げた。
極上の口説き文句を口にしたばかりの青年よろしく、僅かに瞳まで潤ませて。


――お願いします、僕の手で殺させて下さい。


彼が今わたしに向けたばかりのその言葉を頭の中で反芻する。
今まで彼には散々最低の扱いを受けてきたけれど、『お願い』されたのは初めてだった。
彼の最愛のアリス。
この真っ白で真っ黒なウサギは、彼女以外の存在を認めない。
例えわたしが『余所者』だろうと、それは変わりのないこと。
最初はそう思っていた。
だけど――――

――あなたの存在が僕の心を波立たせる。
あなたは僕から愛しいアリスの事を考える時間を削り取ってしまうんです。
これは決して許される事じゃない。僕にとっての至福の時を奪うなんて、
許されていい筈がないんですよ――

ペーターがそうわたしに告げたのはいつだったか、
それから彼は執拗に陰湿にわたしを追い詰める行為ばかり繰り返し仕掛けてきた。
そして、有る意味で極めつけがこの台詞。

眩暈がする。

「どうしました?。返事位したらどうです。」

最高の申し出でしょう?
続けられた台詞。
歪んだ笑み。
赤い瞳。
狂気の瞳。
真っすぐ、わたしを、捕えてる。


反論しようとしたわたしの唇に、薄く綺麗な形の彼の唇が強引に押し付けられる。
曲げて笑んだままの、その唇で。

わたしの言葉は、彼の狂気の中に、飲みこまれた。


――あなたが僕を憎んでいるのは知っていますよ。
だからこそ僕の手で殺させてほしいんです。
あなたの心をもっと染めて上げましょう。黒い黒い憎悪の色にね。
僕から最愛のアリスを想う時間を奪った罪はそれ程に重い。
だから、そう、それくらいは許されてもいいでしょう?