「君が誰を愛しても」 綺矢さん 「…なあ、」 「なに」 素っ気なく一言だけ、それでも絡めた指は解かずには口を開いた。冷たい態度とは正反対の、その指の暖かさにほんの少しの安堵感を覚える。手を離してその細い腕を引っ張ってしまえばきっと俺の腕の中に落ちてくる彼女なのだろうけれど、あえてそれはしない。 「こっち、向いてよ」 「…、いや」 さっきから俺を見ようとしない彼女。その目線の先には何があるという訳でもなく、ただ俺から目をそらしているだけなのだ。その理由が分かっているだけに苦笑するしかない。 「照れてる?」 「照れてないっ」 「嘘」 俺の薄暗いテントの中、投げ出されていた彼女の足に手を滑らせてみる。するとはびくりと身体を震わせる。これが初めてという訳でもないのにそんな反応を返すから、離れがたいし、何度だって触れたくなる。か細く彼女の唇が、「エース、」と俺の名前をようやく呼んだから、ほんの少し微笑んでみせる。それがどう見えているかは俺には分からないけれど、の瞳に怯えの色が見えるからサディスティックにでも見えるのかもしれない。 「なあ、」 「…なによ、離してっ」 ぱしり、と絡めた指を解いたその手で俺の手をはね除けられた。その行動ひとつひとつに、この前まではなかった壁が見え隠れする。 十数時間前までは普通の友人で、たまにお互いを慰め合うくらいの関係だった。それでも彼女は俺を拒絶しなかったし、俺だって彼女を受け入れていた。だからそれで二人の関係は成り立っていたし、それで二人は満足していた。なのに、なのに。すぐに俺は、俺の手をはね除けた手をつかんで、彼女をテントの床に転がした。一瞬痛みに目を瞑ったは、次の一瞬には非難の目を覗かせる。その目を塞ぐように、俺は彼女の唇に自分のそれを重ねる。 「…っ、エー、…ッス!」 角度を変えて口付けると、唇の間から声が洩れる。だからほんの少しだけ唇を離して、彼女の息をつかせてあげようとする。でも彼女の口は息をつこうとするのではなく、言葉を吐いた。 「……、…分かってる、くせに!」 ぼろりと涙が零れる。その涙が一粒、の顎から落ちていくのを見届けてから、頬に残る涙の痕を舐め取る。 「……なあ、何でなんだ?」 「…っ…」 「教えてくれよ、…」 どうして君は、あの男を愛した。 「……エース…、…っ!」 「、ちゃんと俺は君を逃がしてあげるぜ」 でも、と耳元で続きを囁けば、彼女はほんの少しの絶望の匂いをさせた笑みを浮かべた。 君が誰を愛しても (君はきっと俺の所へと帰ってくるよ、絶対に、ね) |